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【割を食う赤字路線】岩徳線廃止後の山陽新幹線運賃収入シミュレーション[南阿蘇(6)]

2022年12月13日

 

こちらは山口県の東側に位置する、徳山駅です。

山陽新幹線の一部のぞみ号も停車しており、全国的にも大規模な石油化学コンビナートが立ち並びます。

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新設合併して周南市になる時には「のぞみ市」が候補にも出たほど。

そんな周南市の中心駅、徳山駅からは新幹線の料金を安くしてくれているローカル線があります。それが、岩徳線です。

 

運賃表を見てみますと、徳山(櫛ケ浜)~岩国では2つのルートが存在します。この運賃表の見た目とは逆で、山地の南側を迂回する山陽本線に対し、岩徳線の方が山を直線的に突っ切っていて距離が短いです。

しかし、この区間を通過する時は、山陽本線を経由しても距離が短い岩徳線経由で運賃を計算してくれます。そのため、この運賃表を見てみると、岩国駅より手前の南岩国駅の方が料金が高いという逆転現象が発生しています。



岩徳線ができるまで

1897年、山陽本線の広島駅~徳山駅が開業、翌年に三田尻(現:防府)駅まで延伸し、1901年に神戸~馬関(下関)駅が全通しました。

 

山陽本線は岩国~徳山において海沿いを迂回していたことから、1920年代に短絡線の建設を開始します。

1934年に全通し、この短絡線を山陽本線に編入。従来の海沿いルートは柳井線に変わりました。

 

しかし、戦時中に山陽本線の輸送力増強が必要とされます。

柳井線は平坦かつ沿線に軍事施設もあり、特に光駅からは光海軍工廠専用線が伸びていました。そのため海沿いの柳井線が1944年に複線化、再び山陽本線に返り咲き、短絡線は岩徳線になりました。

 

山陽本線は電化複線化された高規格路線、一方岩徳線は単線ディーゼルで、完全なるローカル線として現在に至ります。本数も比べてみると、岩徳線の僅少さが明らかです。



岩徳線廃止で山陽新幹線収益はどれだけ増加する?

最初のお話に戻りますが、短絡線の岩徳線があるおかげで山陽新幹線の運賃は山陽本線経由よりも安くなっています。

山陽新幹線は山陽本線の高速化・複々線化が目的です。そのため新幹線の運賃計算には並行する在来線の距離が用いられています。基本的には東海道・山陽・鹿児島本線が対象になるのですが、櫛ケ浜~岩国に関しては岩徳線が用いられます。

 

これは先程も少し触れましたが、「岩国から櫛ケ浜を利用する時、山陽本線(65.4キロメートル)経由でも、岩徳線(43.7キロメートル、換算キロ48.1キロメートル)の経路で計算する。」という運賃計算の特例が定められているからです。

もし岩徳線が廃止すれば、山陽新幹線の運賃計算の基準が遠回りの山陽本線になります。その分新幹線利用の運賃収入が向上する訳です。



それでは、岩徳線を廃止すると山陽新幹線の運賃収入はどれだけ向上するのでしょうか。全乗客が普通乗車券を利用すると仮定して、計算してみましょう。

岩国~櫛ケ浜における山陽本線営業キロは65.4km、岩徳線換算キロは48.1kmで、その差は17.3kmです。幹線賃率はそれぞれ601km~(京阪神~博多の利用者を想定)が7.05円/km301~600km(京阪神~博多以外の利用者を想定)が12.85円/kmになります。

岩徳線廃止による新幹線運賃収入の差の計算式は以下の通りです。

17.3×[7.05×(京阪神~博多利用者数)+12.85×{(新岩国~徳山通過人数)-(京阪神~博多利用者数)}]

・京阪神~博多利用者数

京阪神~博多における航空機と新幹線の利用者数合計は1,430,000人、新幹線シェア率は87.4%であり、同区間の新幹線利用者数は1,249,820人です。

山陽新幹線・航空機との競合(PDF形式122キロバイト)より

・新岩国~徳山通過人数

広島~博多の輸送密度は56,365人/日、年間輸送密度は20,573,225人/年です。このうち新岩国~徳山を通過する人数を求めたいのですが、ここでは85%と仮定して、17,487,241人としました。

データで見るJR西日本2020 鉄道事業 営業線区(PDF形式 1,238KB)より

 

以上の計算結果を代入

17.3{7.05×1,249,820+12.85(17,487,241-1,249,820)}=3,762,094,172

岩徳線の存在により、年間37億6209万4172円の損失を生んでいることが分かりました。

 

岩徳線は輸送密度2000人/日未満であり、JR西日本が収支を公開しています。ここでは赤字額5.8億円、営業係数476円、輸送密度1,064(人/日)であり、本来今すぐに存廃議論が行われるような路線ではありません。

確かに利用者数が少ないのは問題ですが、そもそも新幹線の運賃計算方法を岩徳線経由ではなく、山陽本線経由に変えるだけに留めれば良いと思われます。JR西日本としては赤字路線の整理、運賃値上げの理由付けを同時に行えるため、岩徳線が対象の筆頭に挙げられているのでしょうか。

 

それでは、ここからは実際に岩徳線に乗車、かつて山陽本線として活躍した姿を見てみましょう。



乗車記

7:52 徳山駅 発

山陽本線の黄色い電車を横目に、1両のディーゼルカーが走り始めました。お客さんは各ボックスに1人いる程度、次の電車は3時間以上後ですが、結構少ないです。

 

ここは京阪神から九州を結ぶ重要な貨物ルート、山陽本線では頻繁に貨物列車が行き交います。

 

岩徳線はひと区間だけ山陽本線に乗り入れており、山陽新幹線の高架と走ります。夜には高架橋から周南コンビナートの夜景を楽しめて、山陽新幹線で一番の絶景です。



櫛ケ浜駅から岩徳線に入ります。

東を向きまして、ここから左へ向かうのが岩徳線、右へ向かうのが山陽本線です。

 

長編成の電車が走る山陽本線に対し、岩徳線は1両のディーゼルカーで走ります。

 

8:01、山陽本線と岩徳線が同時に櫛ケ浜駅を出発します。一体どちらが早く岩国駅に到着するでしょうか。

 

最初の駅は周防花岡駅。山口県立華陵高等学校の通学に利用されます。この便を逃すと次の列車は3時間後なので、平日なら多くの生徒さんが降りていかれているはずです。

 

かつて行き違い可能な構造だったようで、客車時代の低いホームが残っています。そして、山陽新幹線の高架も目の前に、岩徳線と並行している様子がよく分かります。

 

次の生野屋駅は1987年に開業した請願駅です。そのため駅のホームは簡素、長さも3両程度の対応になります。

 

山陽新幹線と並行していましたが、早くもお別れ。岩徳線とは離れて山の中をトンネルで突っ切ります。



岩徳線も切り通し区間に入りました。丘の上には団地が広がっていますが、明らかに自動車移動がメインです。

次の周防久保駅は行き違い可能駅、複線かと思うくらい随分駅の手前で線路が分岐します。かつて山陽本線として、長編成列車同士が行違えるようにしていたのでしょう。

 

また、1両のディーゼル車が停まるには、あまりにも長いプラットホーム。奥の草が蒸したところはもはやホームと思えません。

 

特急街道である伯備線の途中駅みたいな、ローカル感が漂っています。

 

大河内駅は1987年に開業した駅で、ローカル線になってからできた駅は、やはり簡単な構造です。

 

その直後に交差するのが山陽自動車道、山陽新幹線と同じくなるべく距離を短くした結果、岩徳線と並行することになりました。



勝間駅のホームが見えてきましたが、まだまだスピードは速いまま。

それだけ長大ホームということで、幅も広いです。線路も剥がされて、コンクリートの板は枯れ草に呑み込まれるだけ。

 

一方、高水駅には当時の幹線の威厳を示す、立派な木造駅舎が残っていました。

本州唯一のナベヅル飛来地「周南市八代地区」の最寄り駅であり、ナベヅルの剥製が展示されてます。



明らかに住宅が増えてきまして、岩徳線で最大の駅、周防高森駅に到着です。

2面3線構造で、橋上駅舎などでないと釣り合わないレベル。

 

しかし、ここにあるのは昔ながらのレトロな木造駅舎と、国鉄型気動車が行き違うだけです。やはりここは利用者が多く、20人くらい乗って来ました。

 

次の玖珂駅からも10人くらい乗り込み、立ち客が出るように。

 

駅には山賊めぐりのマップがありますが、この地にはかつて山賊がいいました。特に食事処「いろり山賊」は山口県民なら誰もが知っているそうです。



列車はここから3149mに渡る欽明路トンネルへ。

こちらが山陽本線として複線化されなかった理由として、このトンネルをもう一本掘削しなければならないからというのもありました。

カーブも多く、蒸気機関車の時代には厳しい10‰の急勾配もあり、海沿いの平坦な柳井経由が選ばれたのです。

 

欽明路駅は1990年に開業した、岩徳線で一番新しい駅。請願駅として2500万円を地元が全額負担しました。

 

柱野~川西駅に位置する森ヶ原信号場では、第三セクター錦川鉄道錦川清流線が合流してきます。

 

錦川清流線との乗換駅が川西駅です。それだけでなく岩国高校の最寄り駅のため、利用者が多くなります。

 

錦川を渡る時には、山の上に岩国城が構えています。ふもとには錦帯橋もありますが、アクセスとしては岩国駅からバスが便利です。

 

西岩国駅は2面3線構造でしたが、2番線の線路が剥がされて外側の線路だけ残っています。ご覧の通りあまりにも年季が入った跨線橋が架けられていました。

 

駅舎は重要文化財にもなっており、レトロチックな雰囲気は多くの人を魅了します。1929年の岩徳線部分開業時には、終着駅・岩国駅として存在していました。

 

右手の複線電化された山陽本線へ合流、広島の227系電車も現れました。



9:26 岩国駅 着

櫛ケ浜駅を同時に出発した山陽本線の電車よりも、17分遅れての到着です。

 

山陽本線の高規格化を目的とした岩徳線と山陽新幹線。時代は違えど目的を同じくした両線ですが、岩徳線本来の役割は山陽新幹線によって果たされました。整備新幹線における並行在来線分離で見たような問題が、ここでも現れています。

 

岩徳線を走るのは、工業が盛んな周南市・下松市、自衛隊基地がある岩国市です。鉄道を残したい場合、第三セクターによる鉄道運営が現実的な自治体規模であるのが救いかもしれません。

 

今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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