JR北海道 北海道

【JR北海道最長】札幌〜稚内5時間10分!特急宗谷乗車記[花たびそうや(4)]

2022年6月23日

 

おはようございます。北の大地で一番の大都会、札幌駅です。

少々曇り空ですが、それがまた北国という雰囲気を強めています。

 

しかし、これからもっと北へ向かうことになります。

乗車するのは特急宗谷。本土最北の地まで1本で結びます。

 

特急宗谷は全行程5時間10分に及ぶロングラン特急。走行距離396.2kmは道内最長です。これは東京駅〜岐阜駅とほぼ同じになります。

 

使用されているのは261系気動車0番台です。北海道の特急列車には261系が多く使用されていますが、白い5000番台の割合が増加しています。

 

LEDには1日1往復だけ表示される『宗谷』の文字。

その他2往復は旭川までの『サロベツ』で、札幌方面には乗り換えが必要になっています。

0730 札幌駅 発

最北のまち稚内までの旅が始まりました。

停車駅は、岩見沢,美唄,砂川,滝川,深川,旭川,和寒,士別,名寄,美深,音威子府,天塩中川,幌延,豊富,南稚内,稚内です。

 

左手にあります苗穂運転所には、網走方面へ走るキハ183系が停車中。この車両が使用される特急オホーツク3号は、北海道で最も長い5時間30分の乗車時間となる特急列車です。

 

札幌駅を7:30に出発する列車は、特急宗谷の他に特急すずらん2号があります。先ほど札幌駅出発時にも右手に見られました。

札幌~白石は北海道唯一の複々線区間、ここでは並走を繰り広げてくれるのです。

 

出発は特急宗谷の方が先だったのですが、かなりいい勝負をしながら最終的には追い抜かれました。

 

函館線はしばらく千歳線と並行しており、千歳線ホームだけがある平和駅の近くには札幌貨物ターミナルが広がります。

本州~北海道の物流を支えており、特に札幌まで出版物が迅速に運ばれるのは貨物列車のおかげです。

 

千歳線は高架橋による立体交差でもって、南方向へ分かれていきました。

特急は全て停まらない、江別駅を通過。

札幌へのベッドタウンとして発展しており、2019年の人口は119,510人。同年には社会増(転入者>転出者)が自然減(死亡数>出生数)を上回って15年ぶりの人口増加になりました。

 

全国2位の流域面積を誇る石狩川、それより分かれる千歳川を渡ります。この石狩川を作り出したのが、これから旭川まで走り続ける石狩平野です。

 

特急宗谷は5時間10分ものロングランですが、車内販売どころか自動販売機もありません。予め色々買っておかないと、大変なことになります。

 

岩見沢は北海道最古の鉄道・幌内鉄道が小樽より結ばれた時から、鉄道のまちして栄えました。国鉄が指定した全国12の鉄道の町の1つです。

 

都市部でも家賃が低いため長距離通勤量が少ない札幌圏。岩見沢は通勤圏として一番端に位置し、Kitacaエリアもここまでです。

 

岩見沢ではソリをひいて力や速さを競争する、ばんえい競馬が行われていました。現在でも行われているのは帯広だけですが、ホーム上には、ソリをひく馬の像がその歴史を伝えています。

 

光珠内こうしゅない駅を通過しまして、国道12号線が上を交差して左にやって来ます。

モニュメントが立っているのですが、美唄市光珠内~滝川市新町の29.2kmは日本最長の直線道路です。函館本線も同じく直線のため、この道路とずっと並行することになります。



0807 美唄駅 着

かつて炭鉱で栄えた街で、経済産業省認定の近代化産業遺産が大量にあります。

 

ここは複線区間ですが、ちょうど旭川から来た特急カムイ8号とすれ違いました。



0818 砂川駅 着

砂川と言えば、砂川政教分離訴訟が全国的に有名。

これは砂川市が神道の富平神社と空知太神社に土地を無償で提供しているため、日本国憲法の政教分離に反するとして裁判が行われたものです。

富平神社は市有地内に神社が鎮座しており、違憲状態解消のために無償譲渡に過ぎず合憲。空知太神社は市有地を宗教団体へ無償提供したため、政教分離に反しており違憲と判決されました。



0823 滝川駅 着

駅前には2021年3月末に閉鎖されたスマイルビルが残されています。

1986年に開業し西友を核としたショッピングセンターでしたが、テナントの撤退も相次いだのです。

 

ここからは道内最長の本線を持つ、根室本線が分岐します。

バス代行区間を含む富良野~新得の廃止が決定的となり、長大路線も切られてしまうことに。

 

沿線には菜の花畑が広がっておりまして、5月中旬でようやく春を迎えたばかりのようです。

 

2022年4月28日、妹背牛駅にはオリジナルデザインの駅名標が設置されました。

国際大会開催基準のカーリング場があるためストーンの形をしており、牛の顔が立体的に描かれています。



0837 深川駅 着

留萌本線の乗換駅である深川駅からは、1995年9月に廃止された深名線が分岐していました。

 

(Vielen dank - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=33952163による)

この路線は特急宗谷が走る宗谷本線、名寄駅までを結んでいました。現在でもジェイ・アール北海道バスが路線バスとして運行しており、乗り換えとして車内アナウンスがされます。

 

ここまで石狩平野を走り続けてきましたが、旭川駅へ向かうにあたって、山を越えなければなりません。

 

かつては山を迂回して走っていたのですが、ここでは1969年に開通した全長4523mに渡る神居トンネルを走ります。

 

石狩川を渡った先に広がる市街地に入る直前、左手には大雪山が見えました。

北海道最高峰の旭岳を有し、その自然は素晴らしいものです。

 

2010年、旭川駅を中心に3.5kmが高架化されました。

左側をのぞき込んでみると地上時代の線路跡でしょうか、細長い空き地を見られます。

 

右側には忠別川が流れています。

旭川駅南口を出ると目の前にこの川があって、北口の栄えぶりとは対照的な自然あふれる光景です。

 

その北側には駅直結のイオンモールを代表として、ホテルチェーンや商店が立ち並びます。



0858 旭川駅 着

高架駅というと暗くて無機質なイメージですが、旭川駅は非常に開放的。日向市駅、高知駅、高山駅も担当した内藤廣さんによる設計で、どの駅も行ってみたくなる明るい駅です。

 

0900 旭川駅 発

函館本線は旭川駅で終了、石北本線で北へ向かいます。

 

最北の鉄路、宗谷本線は新旭川駅から分岐します。

とは言っても実際にはすべての列車が旭川駅に乗り入れているので、旭川~新旭川も宗谷本線のようです。

 

右手には旭川運転所がありまして、キハ40北海道の恵みシリーズが停車中。

この列車は車内が木目調デザインで、団体列車で使用されたりします。

 

春を迎えてシーズンの役割を終えた、除雪車の生首も並べられていました。



永山駅では快速なよろ2号と行き違いのため運転停車。

旭川~名寄では新型電気式気動車DECMOが投入されていますが、この列車はキハ40での運行でした。

 

旭川~比布にかけては田園の中を走ります。

近くにある上川農業試験場は北海道米として有名な「ゆめぴりか」誕生の地です。

 

駅舎にカフェが入居する、比布駅を通過。

比布エレキバンのCM撮影が行われた駅で、樹木希林さんのメッセージ入り色紙も展示されています。

 

穏やかな上川盆地を走っていた列車ですが、エンジン音を響かせながら塩狩峠を上ります。

ブレーキが故障し坂道を加速する列車を、鉄道員の長野政雄が自らの体でもって車両を止め、乗客を救ったという話で有名です。

 

この話を基に三浦綾子の小説『塩狩峠』が生まれ、塩狩駅の近くには塩狩峠記念館があります。

この塩狩駅は宗谷本線の歴史において非常に重要で、駅を維持する和寒町は寄付金を募っています。2020,21年度で、計約1400万円もの寄付金を集めました。

 

0929 和寒わっさむ駅 着

かつては先ほどの塩狩峠を越えるため、和寒駅は機関車待機の拠点となっていました。



0940 士別駅 着

羊のまちという看板が大きく掲げられていますが、郊外にある「羊と雲の丘」「めん羊牧場」にて、めん羊の放牧や飼育風景を見られます。

めん羊とは羊毛のために家畜化された羊で、様々な工芸品が作られます。

 

士別駅では稚内から来た特急サロベツ2号、ラベンダー編成と行き違いました。

あちらの列車は座席が新しかったり、ラウンジ車両が増結されていたりと、かなり快適な車両です。

 

名寄市に入りまして、2022年春に役割を終えた東風連駅を通過します。

 

東風連駅は名寄高校の生徒さんが利用されていた駅です。しかし駅から1kmほど歩く必要があり、特に雪の積もる冬は非常に大変な道のりでした。

 

そこで高校の目の前に駅を移転させまして、名寄高校駅として開業。2022年春にオープンセレモニーが行われました。

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右手には、旧名寄本線上に展示されているSL排雪列車「キマロキ編成」を見ることができます。

機関車(キ)、マックレー車(マ)、ロータリー車(ロ)、機関車(キ)の4つが編成を組み、マックレー車が両脇の雪壁を崩してかき集め、ロータリー車が遠くへ雪を飛ばすという役割をしていました。



0954 名寄駅 着

名寄市には最北のイオンや公立大学があり、都市形成の一定水準がここで出来上がっているイメージです。これより北、稚内市までは存在しません。

 

ここに貨物列車が来るわけでは無いのですが、トラックが輸送する拠点、名寄オフレールステーションが隣接しています。

 

宗谷本線は名寄駅を境に、その表情を大きく変えます。ここから北は天塩川沿いを走り、その光景はまさに最果て感を感じさせるものです。

 

1016 美深駅 着

美深駅からは国鉄時代、日本一の赤字路線とされた美幸線が分岐していました。大きな駅舎にはそのことを忘れないよう、『美幸の鐘』が立っています。

 

駅の近くにはレンガ造りの美深農業倉庫が並んでおり、昔から使われ続けているんだろうなという想像ができます。

 

天塩川沿いを走っていると牧場があって、そこでは牛さんがノビノビと草を食んでいるところでした。

北海道と酪農は強い連想で結びつくものであり、こんな光景を列車から見られるのは理想かもしれません。

 

2021年春に駅から格下げされた、豊清水信号場を通過。冬に普通列車で旭川~稚内を行った時、雪が積もるここで特急列車と行き違ったのを覚えています。



1041 音威子府駅 着

黒い蕎麦で非常に有名な音威子府村。今年夏には製造が終了してしまい、食べられなくなってしまいます。

 

音威子府村は北海道で一番人口の少ない自治体、2018年の人口は770人です。

この人口は特急列車が停車する自治体の中でも日本一少なくなっています。

 

音威子府駅からは日本海側の浜頓別町、猿払村を経由する天北線が、南稚内駅まで結んでいました。

かつてはこちらが宗谷本線として機能していましたが、1989年に廃止。それどころか代替バスの天北宗谷岬線も2023年に再編され、中頓別~音威子府は廃止、乗り合いタクシーになるとされています。

 

筬島駅を通過してしばらくすると、天塩川の対岸に北海道命名の地を見ることができます。この日から花たびそうやの運行が始まったため、のぼりが立てられて分かりやすくなっていました。



1113 天塩中川駅 着

駅舎は中川町がJR北海道から譲り受け、2014年に改修が完了しました。トドマツなどを使用しており、昔ながらの雰囲気をそのままに感じることができます。

 

宗谷本線沿線自治体の中でも、特に鉄道を利用した町おこしに積極的なのが幌延町です。

 

原野の中にポツンと置かれた、ヨド物置による待合室。幌延町を代表する秘境駅、糠南駅になります。

駅のホームも板張りで、列車への乗降ができる最低限の設備です。



その先、天塩川に沿って架けられた問平陸橋は、川を渡らない橋です。

天塩川は春の雪解けで水位が上昇するため、線路の位置を高くしておく必要があり、このような状況になっています。

雪解けによる水位によって橋桁に水が付いていないか確認する必要があり、水面と桁の距離に応じて運転速度を変えているそうです。

 

さらに左手に注目していると、木々の向こうに線路の跡のようなものが見えます。

以前は問平陸橋のように、天塩川沿いに15の桁が連なる下平陸橋を通るルートだったこの区間。しかし、1961年に発生した雪崩で、全ての桁が天塩川に吹き飛ばされてしまいました。

 

そこで1965年に開通したのが、宗谷本線唯一のトンネルである下平トンネル。ルートを変更したことでより安全な運行が可能になりました。

 

その先にあるのが雄信内駅、かつては宗谷本線に沢山あった木造駅舎の貴重さを認識し、町の予算で残されています。

行き違い機能は必要ですから、駅が廃止されたとしても信号場としては残るはずです。

 

お隣の安牛駅は2021年春に廃止されましたが、駅の見学ができるよう線路から離れたところに移設しています。

 

途中では自然に還っていく集落の様子を見られまして、なんだか気持ちも暗くなっていくものです。



1145 幌延駅 着

ここには留萌から日本海に沿って敷かれた鉄路、羽幌線が来ていました。羽幌や留萌では石炭が産出されていたのですが、1987年に廃止されています。

 

ここで普通列車名寄行きと行き違いました。

 

お隣の下沼駅では、貨車駅舎に顔が描かれています。

ぬまひきょんというキャラクターで、駅に棲みつく妖精という設定です。



1200 豊富駅 着

豊富町には最北の温泉郷、豊富温泉があります。油分を含んだ独特な泉質が特徴とのことで、是非とも行ってみたいところ。

 

そして終点稚内に向け、原野の中を駆け抜けていきます。

 

兜沼駅のすぐ向こう側に見られるのが兜沼。

農業振興のため水を抜いて小さくなったそうですが、十分大きい沼です。

 

線路に沿っては防雪林が植わっており、海から吹く風によって線路上に雪が積もらないよう守ってくれます。



最北の木造駅舎、抜海駅を通過。

抜海駅は稚内市による負担で維持されている駅です。

稚内市は2022年度をもって駅の維持を終了すると発表。これは駅の廃止を意味します。

しかし、2024年には駅開業100周年を迎えるため、抜海町内会を中心に記念事業のためのクラウドファンディングを実施。目標の200万円に対して238万円が集まっています。

地元の方々による努力が目に見えている中、駅の廃止が現実になっては残念でなりません…。

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その先では利尻富士が見られる日本海沿いの区間があります。

 

この日は霧で全く見られませんでしたが、天気が良ければ『白い恋人』にも描かれている利尻富士が綺麗に浮かびます。

 

稚内市こまどりスキー場が現れますと、稚内市の市街地へ。

 

1236 南稚内駅 着

近くにはロードサイド店舗が多く、生活利用者はここで降りることが多いようです。一方で観光客は終点の稚内駅まで利用する傾向があり、その住み分けがされています。

 

日本最北の鉄道高架橋からは、稚内の港を見られます。宗谷本線から蒸気機関車が引退した1975年に完成しました。



1240 稚内駅 着

市街地の中を走り抜け、遂に日本最北の駅、稚内駅に到着しました。

 

札幌駅からは396.2km。道内最長の距離を行く特急列車の旅はここで終止符を打ちます。

 

非常に長い移動でしたが、景色にずっと注目していればあっという間。それでも北海道の広さをひしひしと感じさせられるものでした。

 

端から端まで線路を行き渡らせている現状に感謝しつつ、ぜひ乗り通してみてください。

 

今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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