2026年3月14日、姫路駅のお隣に新駅が開業します。
その名も「手柄山平和公園駅」。
手柄山平和公園は、様々な大型公共施設が集まる総合公園。新駅はそのアクセスを担います。
姫路市内では2000年以降、ひめじ別所駅、はりま勝原駅、東姫路駅と新駅が次々誕生しました。
姫路〜英賀保は4.6km離れており、市内で一番駅間距離が長かった区間です。
また、新駅ができる場所には50年前、モノレールの終着駅がありました。
姫路から鳥取まで延ばそうという壮大な夢も虚しく、たった8年で運行休止しています。
未来の乗り物の夢を引き継ぐ新駅。
開業を1ヶ月後に控えた現在を様子を見に行ってみました。
手柄山平和公園は年間180万人訪れますが、アクセス手段は基本的に自動車。公共交通手段の改善が課題とされていました。
ここでちょうど真横を通っていたのが、JR山陽本線です。
2016年に姫路市とJR西日本で駅建設の覚書が締結されます。
やってきました、こちらが手柄山平和公園駅。
駅は完全に出来上がっており、外からもその様子を見ることができました。
駅舎のデザインコンセプトは、「生まれ変わる公園の新たな玄関口」。自由通路から出っ張ったあたりに、それが表現されているのでしょうか。
この駅は自治体が建設費用の一部を負担した請願駅。
約65億円の整備費用は、姫路市が約55億円、JR西日本が約10億円を負担しました。
整備費用のうち約30億円が駅舎、約35億円が駅前広場に充てられています。そのため駅自体の建設費用において、姫路市負担は3分の2です。
新しい駅名標も、隠されることなく設置済みでした。
「てがらやまへいわこうえん」で固有名詞のため、ひらがな英語含め空白やハイフンはありません。
英語は「Mt.Tegara Peace Park」等でなく、音を重視しています。
乗車位置案内も既に貼られていました。
普通・快速・新快速だけでなく、特急らくラクはりまも停まります。
工事現場に完成イメージ図が掲示されていました。
画像は北を向いており、手柄山平和公園は手前側にあります。
こちらは公園と反対側、北口です。
現在は駅前広場を整備中、ここには駐輪場が設けられます。
階段はその反対側へ降りています。クルマをつけられるようなロータリーが整備されるようです。
続いてメイン出口になるであろう公園側、南口へ。
こちらも線路に沿った道路を越えて、出口が設けられています。
ここにも駅前広場が整備されるため、地上へ階段で降りられます。
それだけではなく、駅舎の自由通路の延長線上で何やら工事が行われています。
自由通路から伸びているのは、手柄山平和公園への連絡通路。
その先には既存の中央体育館があり、駅から直接アクセスが可能です。
駅建設と並行して手柄山平和公園では、ひめじスーパーアリーナ(大和工業アリーナ姫路)を建設中。こちらは2026年10月開業予定です。
道路に面した左側の建物は屋内競技用プールと、屋外付属プール。
丸い建物は新体育館です。
プロバレーボールチーム・ヴィクトリーナ姫路のホームにもなります。
工事中の連絡通路が行き着く先が、中央体育館の横です。
もちろん工事中なので今は通り抜けできませんが、確かに奥に新駅が見えています。
そのままペデストリアンデッキに繋がっており、球場や多目的広場へもそのまま行けました。
新駅の駅名由来はもちろん、駅前にある手柄山平和公園の名前から。
しかし、そもそも公園の名前も、2025年4月に手柄山中央公園から、手柄山平和公園へ変更されたばかりです。
その理由は公園内に、太平洋戦争の空爆犠牲者を悼む慰霊塔があるため。
ちょうど工事を行っているようでしたが、日本地図に被災した全国113都市が示されています。
1947年、当時の姫路市長の呼びかけで全国戦災都市連盟を結成し、手柄山に慰霊塔が設けられました。
公園内には姫路市平和資料館もあります。
これからも平和を呼びかける場としても、一層役割を大きくするはずです。
最初にもご紹介した通り、手柄山平和公園には50年前、モノレールの終着駅がありました。
それが姫路市交通局モノレール線、通称「姫路モノレール」です。
1966年に姫路駅から手柄山駅で開業し、わずか8年後の1974年に休止。1979年に廃止されています。
手柄山駅の駅舎は、現在でも公園内に残されています。西欧のお城みたいな建物がそれです。
廃止から放置されていましたが、2011年「手柄山交流ステーション」としてオープン。
かつて駅構内だった館内では、モノレールに関する展示が行われています。
姫路モノレールはビルの中にあった大将軍駅を過ぎ…
まさにお城のような手柄山駅へ、突っ込んでいたようです。
そんなダイナミックな動きを見せたモノレールに行き着いた先が…
まさにこの場所です。
プラットホームもここにあって、当時の面影をそのままにしてくださっています。
2両のうち1両には、実際に乗車することができます。
当時の走行音や放送も流れており、なかなか味わい深いものでした。
当時の駅名標は中に明かりが入っていたので、かなりの厚み。
「駅名を示す」という役割は同じはずなのに、さっき見た手柄山平和公園駅とは全く違います。
姫路モノレールが開業したのは、手柄山で行われた姫路大博覧会のアクセスを担うため。
また、せっかくの博覧会ということで、目新しい乗り物による注目も欲しかったのでしょう。
しかし、並行する山陽電車が姫路〜手柄で20円から30円だったのに対し、姫路モノレールは100円。
料金も高く利用者が伸び悩んでしまいました。
なんと鳥取までの延伸構想まであったそうですが、市長も交代してあえなく廃止。壮大な夢は夢のまま終わりました。
博覧会跡地には手柄山平和公園が建設されました。
そして50年の時を越えて同じ目的、「手柄山へのアクセス」のために新駅が開業します。
新駅開業や関連する公園再整備によって、手柄山平和公園は姫路の歴史を、身をもって学べる場所になるはず。
少し足を運んだだけでも、戦時中から戦後そして現代まで、その変化を感じることができました。
あと1ヶ月で開業する新駅、手柄山平和公園駅。
ぜひ開業したら足を運んでみてください。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。








































