JR西日本 兵庫

JR最悪の事故 福知山線脱線事故の現場へ

 

本日4月25日は福知山線脱線事故があった日です。

(捕澤 at Japanese Wikipedia/self-photographed by the original uploader/CC BY-SA3.0
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Fukuchiyama_joko20051.jpg#mw-jump-to-license より)

2005年4月25日、塚口〜尼崎のカーブで列車がマンションに衝突、多くの方が犠牲になりました。

 

僕はまだ幼かったためニュース映像すら記憶にありませんが、非常に恐ろしい出来事であった事実だけは覚えていられます。

今日は実際どのような場所であったのか、その事故現場へ足を運んできました。

やって参りましたのは伊丹駅です。

9:11発の快速列車が、事故を起こしてしまった列車と似たダイヤになっています。

 

事故当日この列車は72mオーバーラン、さらに後退時にも3m行き過ぎ、1分30秒の遅れをもたらしました。

 

伊丹駅を発車。

72mものオーバーランをして1分半遅れている状態、これを車掌さんは指令へ報告します。

運転士さんは車内放送が一通り終わった後、こう伝えます。

『まけてくれへんか』

 

遅れを取り戻すためか列車は120km/h制限の中、猪名寺駅〜塚口にかけて125km/hで通過。

 

そしてスピードをほとんど落とさないまま70km/h制限の半径300mのカーブへと入り…

 

脱線事故が発生したというのが一連でした。

尼崎駅に到着。

ここからは事故現場へ行くことにします。

 

北口、潮江方面の出口を出て、かつて線路が敷かれていた跡地を歩いて行きます。

 

脱線事故の現場に到着しました。

2018年9月に追悼施設『祈りの杜』が完成し、一般公開も行われています。

この時は新型ウイルスの関係で遺族の方のみでしたが、一般の方でも地下の資料室へ訪れることができます。

 

左方向からカーブ外れてマンションに向かって衝突していった、想像するだけでも恐ろしいです。

このような事故が起こったそもそもの要因は、当時のJR西日本社内が元とされています。

JRでは運転上ミスを起こしたりした社員に対し教育を行いますが、当時のものは教育と言いながら、実際には生産性のない懲罰のようなものであったようなのです。

 

伊丹駅のオーバーランは8mとして車掌さんは司令に報告しましたが、そのやり取りを聞いていた運転士さんはやり過ごせるだろうか、非常に不安定な状態だったでしょう。

だからと言って事故を起こしたのはJRが悪く、運転士さんは仕方ない、で片付く話ではありません。

しかし運転士さんの精神をそのように誘導した、JR側にも大きな責任があります。

 

保存されたマンションには生々しく傷が残されます。その傷は鉄道の歴史上でも深く残された傷跡です。

 

このカーブは事故の後、制限速度が70km/hから60km/hに落とされました。

これがスピードを追い求める前に安全を最優先に、それだけで無く、安全を保つための社内環境を維持する、その意志を示す標であることを願います。

 

最後にこの事故やその関連で無くなった方々、後遺症に苦しんでいる方々のことを思って…

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