筑豊本線で原田駅から桂川駅へやってきました。
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【筑豊本線のローカル区間】原田線に乗って炭坑の街だった名残を楽しむ【九州一周24】
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桂川駅では明らかに新しそうな道路が作られていて、駅舎とは反対側のまちづくりが行われている所でした。
桂川駅はコンクリート造りの古い駅舎ですが、2階建ての新駅舎が建てられる予定です。
改札は2階部分に作られ、自由通路によって利便性の向上が進められます。駅舎と反対側で整備工事がされていたんですね。
大急ぎで写真を撮ったのできっぷが映り込んでいますが、許してください…。
ホーム上では豆大福が売られています。小さい駅にある売店って良いですね。
ここからは筑豊本線で現在でも多くの利用客がたくさんいる、福北ゆたか線の区間へ入ります。
桂川から2駅お隣の飯塚駅に到着です。
前回ご紹介した、博多駅を通らない寝台特急あかつきも停車していました。そのためとても長いプラットホームとなっています。
この駅からは1988年まで日田彦山線の豊前川崎駅までを結んでいた上山田線が分岐しており、奥に見える駐車場の場所には貨物列車が止まっていたと思われます。
更に廃線となった上山田線からは1986年まで漆生線も伸びていました。
ホワイトボードに色ペンで書いてある廃線は本の一部で、石炭輸送のための路線はもっとたくさんありました。飯塚駅を経由して大動脈の筑豊本線へ流れ込むようになっていたのです。
ここから先は複線となり、筑豊の中枢、飯塚へ筑豊本線の立派さが伺えます。
お次の新飯塚駅は飯塚市の中心に近い駅です。
ここからは後藤寺線が分岐。この辺りには石炭輸送の目的で作られた路線が本当にたくさんあります。
特に鯰田駅からは、短い乗り換え路線が8駅連続であったのです。
路線の特色は全く違いますが、まるで東京の地下鉄のみたいですね。
この辺りには三菱鉱業の鯰田炭坑があって、そこまでの路線が伸びていました。
また、鯰田駅は元々2面3線だったのですが、真ん中の線路が剥がされ、2面2線となっています。
それにしても剥がされた後でさえ、原田線よりも立派です。
また、この辺りは上下線の線路が離れているのが特徴のように感じました。
昔は真ん中に線路があったのでしょうか?
小竹駅に到着。駅の周りにはかつて広大な鉄道用地がありました。現在は保線車両の置き場が残っています。
かつては4方向にも線路伸びるほどの非常に大きな駅でした。
お隣の勝野駅からは宮田線の廃線跡が伸びていました。
この時は知らなかったのですが小竹から勝野の間、左側の車窓に注目していると、宮田線の橋梁なんかが残っているのが見えるそうです。
右側から第3セクターである平成筑豊鉄道が合流してきました。元々は同じ国鉄線です。
まるで複々線のようになっていて、大幹線のように見えます。
終点の直方駅に到着しました。
JR九州らしい白を貴重とした清潔感のある橋上駅です。
ここからは電池式電車、DENCHAに乗車して若松まで向かいます。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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