北海道 JR

炭都、夕張を支えた清水沢駅【初北海道の旅8】

2020年1月30日

2018年8月12日(日)

列車は夕張の町や、畑のなかを縫って進んでいきます。

新夕張の時点では鉄道ファンのお客さんが1人と、僕たちだけだったのですが、途中、沼ノ沢や南清水沢から地元のお客さんが5、6人乗ってきました。

 

清水沢駅に到着。

 

駅名標

大分色褪せてしまっていますね…

駅名標の枠がサビサビです。

 

名所案内

夕張岳やシューパロ湖など、夕張の観光のなかでもアウトドア系統のものは清水沢周辺で楽しめるようです。

周辺といっても10キロ以上ありますが…。

 

ホーム

1面1線の単式ホームです。

しかし実際に降り立つとわかるのですが、この駅は単式ホームとは思えない広い構内を持っています

 

それがこちら!

駅舎までこんなに不自然な通路で結ばれているのです!

こんな構造の駅、全国探しても恐らくここだけではないでしょうか?

 

違う角度からみた様子がこちら

(Wikipediaより)

やっぱり不思議な構造ですよね~。

それではなぜこのような構造になってしまったのでしょう。

恐らく皆さんのご想像通りですが、かつてこの敷地には線路が敷かれていたのです。

 

上の図のように清水沢駅からは様々な路線が分岐していました。

しかし1987年7月22日に三菱石炭工業大夕張鉄道南大夕張線が運行終了。

その線路は当然必要なくなり、このような広い空き地ができてしまったのです。

また、その後も清水沢駅は交換可能な駅でした。

 

(Wikipediaより)

上の画像のように島式ホームで、跨線橋もあったのです。

しかし、2004年3月7日にスタフ閉塞(交換可能設備)が廃止されました。

 

(Wikipediaより)

これによって駅舎側のホームは閉鎖、線路を越える必要がなくなったため跨線橋もなくなり、現在のような長い通路になったのです。

 

ホームからみた駅舎はこんな感じ。

なぜだかわからないですが、ほとんどの部分が板で打ち付けられていました。

 

窓口も板で埋められていました。

しかし、清水沢駅は2015年10月1日まで有人駅で、以外にも最近まで駅員さんがいたんだという印象です。

硬券入場券も販売していたようですよ。

 

今では無駄に広いと感じてしまう駅舎内ですが、炭鉱で働く人々で一杯になった時代もあったはずです。

 

駅舎

炭都夕張を支えた清水沢駅の駅舎はつぎはぎの多いなんとも痛々しい駅舎です。

しかしずっしりとした趣はこの駅が果たした役割をひしひしと感じさせられました。

ここから南清水沢駅へ歩いて向かいます。

 

名物駅長の愛情がつまった南清水沢駅

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